いよいよ、明日が住民投票です。今日も一日市内を回ってきました。お話しできたほとんどの方から反対だというお話しをいただきましたが、お一人だけ「オレは推進派だよ。こどもたちのために作ってやったらいいだろ」という方がいらっしゃいました。「私も作るなというわけじゃないんですけど、こどもたちに借金を残してこどもたちのためにっていうのはどうかなと思うんですよね。解体まで入れた費用についてはどうお考えですか?」と聞くと「そんなもんはこどもたちが考えればいいんだよ」と。
伺っていて清々しい思いでした。皮肉でもなんでもなくて、ここまでバッサリと言い切れる強さを感じます。その後色々と話し込んだのでわかったのですが、地域の色んな活動をされていらっしゃる顔役のような方、口だけじゃなくて日頃から汗を流している方でした。最後は「まあ、五十嵐くんみたいな世代ががんばらなくちゃいけないのはわかってんだよ」と握手までしてもらいました。
一方で、期間を通じて逆の話もありました。「ひどい計画だと思うし本当は反対なんだけど色々あるんだよ」「見直しは必要だと思うけど今回は賛成に入れないといけないんだよなあ」というような方がいらっしゃいました。どう考えても今の計画はおかしいと思っているけど、それを表明できないと。
私も選挙を数回やってきましたし、政治の世界に身を投じて10年以上ですから色々な状況があるのはよくわかっています。大人の事情がつくばの選挙ではかなりの部分を支配することも知っています。
ただ、今回は総合運動公園計画の是非を問う住民投票というシングルイシューです。通常の選挙では「あの人に世話になったから」「仕事もらってるから」といったことで投票することもあるわけですが、あくまでも住民投票。ここで賛成票を投じるということは今の305億円の計画に全面的に支持をすることになり、仮に賛成票が多ければ、ほんのわずかな見直しの可能性はあっても、基本計画のまま進んでいくことは間違いありません。
その時に、本当に未来の世代に責任を持てるのか。「建設しても税金は上がらない、サービスも減らさない、既存施設の改修もやる、街灯もバスも増やす」と言いながら、ライフサイクルコストすら試算していないというすでに破綻している計画に賛成票を投じていいのか。賛成票を投じて、自分のこどもに胸を張って堂々と説明できるのか。「全国の失敗事例をかき集めたような計画」の建設を進めて、孫が生まれた時そこが廃墟になっていたら何と説明をするのか。そのために今考えられる最良の判断が求められています。
幸い我々は、過去から学ぶことができます。
どちらも1985年に決定された対照的な2つの大型公共事業があります。一つは東京湾アクアライン。「神奈川と千葉を道路でつなげば大きな経済圏が生まれ活性化する」というお題目で進められた総工費1兆2300億円の事業です。完成後、当初想定された利用見込みを大幅に下回り、通行料の大幅値下げをしていくらか増加はしましたが値下げ幅が大きいので当然利用料での回収はできません。大赤字を生み続けています。
もう一つの大型公共事業が、つくばエクスプレスです。常磐線が乗車率200数十%となり、車両のガラスが割れるなどの深刻な混雑状態を解消するために「第二常磐線」として計画された事業です。総工費は9400億円。開業後、単年度黒字を前倒しで達成、今年は利用の伸びがやや横ばいとなったものの、順調に償還をしています。
この2つの事業の違いはどこにあるでしょうか?東京湾アクアラインは「道路を作れば経済が活性化する」という「ニーズ創出型」の発想だったのに対し、つくばエクスプレスは「混雑を解消するために鉄道を通す」という「ニーズ対応型」の発想でした。
公共事業においてニーズ創出型というのは、まず上手くいきません。なぜでしょうか?人間はそんなに賢くないからです。人間が考えた計画によって問題が解決するくらいなら、計画経済が成功していたはずですが、そうはなっていません。制度や計画によって理想が実現するという考え方は設計主義的合理主義と呼ばれますが、これは傲った態度と言えるでしょう。人間の知恵は有限です。だからこそ、先例や各地の事例に学び、失敗の要因は何なのか、成功の要因は何なのか、ということを分析し、積み上げていくことが必要となります。
残念ながら「総合運動公園を作れば地域が活性化する、スポーツが盛り上がる」といってアクセスの悪い場所に作った事例でその目的を達成したケースはほとんどありません。逆にスポーツの現場で言えば、既存施設が老朽化でボロボロになっているからそれを修理することで事故や怪我を防ぐ、利用しやすくする、といったニーズ対応型の支出のほうが確実に便益を高めることになります。
ちょっと長くなりました。そろそろつくばも高度成長期くらいからアップデートされない施策展開は終わりにして、次の段階に進むタイミングです。今回の住民投票がその視座を拓くきっかけとなることを心から願い、確信しています。